今年も行ってこられたよ。
障害のあるわたしや、あなたや、社会の一員である誰もが属性を理由に殺されることのない社会のために、これからの社会に対して責任はあるから、できることを探していきます。


#弔花0726
#prayforsagamihara
#私は優生思想を許しません
ここで起きたことを、私は忘れません。
人生を奪われた悔しさを、理不尽を忘れません。
誰もが大切な一人です。
それが、当たり前になるように。
安心して、その人らしく生きていくことができるように。
私は、自分にできることをし続けます。
#弔花0726
#prayforsagamihara
#私は優生思想を許しません
今年は初めて建物の中の受付を訪れる機会があったのですが、たくさんのメッセージカードや色紙、手彫りの仏像(!)などが並んでるコーナーがありました。
私たちが去年花に添えたカードも手前に並んでいてびっくり。相当な数の花束が届くだろうに、一つ一つがこんなに大事に扱われていたとは。
気持ちだけでも届けばいいなと思ってやってきましたが、手に取れる形にしておいてよかったなと思いました。

2枚目の写真は受付で販売されていた花かご。
千日紅を育てるところから作っているそうで、手が込んでいました。

#弔花0726
#prayforsagamihara
#私は優生思想を許しません

RE: https://warpday.net/notes/aanxswfhp7

相模原の事件のこと 身近に障害のある家族がいる立場ということもあって、ずっと考えている。

精神科病院の収容的な体質とか、東京の滝山病院、神戸の神出病院のことも考える。あるいは家族にケアを押し付けて、公的には一定期間滞在できる施設があまりにも乏しいこと、そもそも障害のある人を家、あるいは施設に縛り付けるような社会的な構造というのがあまりにも大きくあって、先の参院選では「発達障害」は存在しないだとか、延命措置医療の自己負担などを公然と唱える超極右陰謀論政党の参政党が大幅に議席を伸ばしたことなどをみても、事件から9年が経って状況がむしろ後退しつつあるのではないかとも思えてならない。そして、私個人としても体力的なことと折り合いをつけながら今後の進路を考えても、社会の側にある「問題」を個人の「努力」に押し付けて、どうにかさせようとする圧力が大きいと感じることがあって、こうした「自己責任」が蔓延、行き渡った社会構造こそが根本的に問い直されなくてはならないとずっと考えているし、これからも考え続けたい。

#PrayForSagamihara

今年も色んな人に支えられながらなんとか献花に行けました。
暑くて、車の中でエアコンをつけていても熱くてたまらない日でした。

でも、あの日は少し涼しかったんだよな。

#弔花0726
#私は優生思想を許しません
#prayforsagamihara
あえて言いたいけど、優生思想や障害者差別に反対を表明している人の中にも、コロナを軽視して、ノーマスクになり、感染対策ほぼしなくなってしまっている人が結構多いのではないだろうか?私はそれはやばいと思う。年に数万人のコロナ死者や、後遺症のことを軽視できるというのは、無自覚に健康者・健常者中心思想に陥っているということで、優生思想からの距離は遠くない。元気印、ガンバロー、闘うぞー、が、元気がない人、頑張れない人、闘えない人の忘却につながっているのではないか?コロナ死者や後遺症で苦しんでいる人のことを忘れてないと、コロナが増えてるのにノーマスク、飲み会でワイワイ、てできないだろう。つまり「自分にとってコロナは大したことなかったし自分は大丈夫」を前提にしている。それって「うちの子どもは病院にいかないから医療費助成など要らない」という参政党神谷とあまり変わらないのでは、と思ってしまう。
#726追悼
#PrayForSagamihara
#相模原事件を忘れない
#私は優生思想を許しません
#障害者差別に反対します