輪廻の旅を終え
憂いの消えた人
すべての世界から解放された人
阿羅漢に苦悩はない
輪廻の旅を終え
憂いの消えた人
すべての世界から解放された人
阿羅漢に苦悩はない
音が聞こえたら、脳内で「音、音、聞いている、聞いている」とすぐさまラベルを貼り付けるように実況中継します
“いま、ここ”とは関係ない妄想が浮かんだなら「妄想、妄想」と観察します
仕事中に「ダイルいなぁ、早く金曜日にならないかなぁ」と浮かんだなら妄想です
長時間YouTube見ても正直、時間を無駄にした感が得られるだけです
その時間を瞑想に使うと、有意義な時間です
※それも輪廻というクッソ長い時間軸で有意義な時間となる
すべての生命が幸福でありますように
森に住んでいるものも、川に住んでいるものも、卵などこれから生まれようとしているものも、どんな姿形であっても、生きている全てのものは幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
悩み苦しみや苦痛が無くなりますように
眼・耳・鼻・舌・身体・意識の中で意識って管理が難しいです
過去を思い出すと「うわ〜、アイツ、マジでムカついたわぁ」とか考えると10年前だろうが勝手にゴミ以下の害にしかならない妄想が意識に上がってきます
なにを考えてますか?
なにに意識が向いていますか?
観察で意識を管理しましょう
心を観察する時は「私の心だ」と思うと失敗します
他人事のように「心がある」と観察しましょう
テレビやYouTubeを観るようなものです
自分自身がYouTuberやタレントになるのではなく、ただ観てるだけの視聴者みたいに心を観察すると上手くいきます
森に住んでいるものも、川に住んでいるものも、卵などこれから生まれようとしているものも、どんな姿形であっても、生きている全てのものは幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
悩み苦しみが無くなりますように
上手くいきますように
水と水が、なんの対立もなく一体になるように慈しみの心が全ての生命の心と一体になりますように
すべての生命が幸福でありますように
最高の恋人や運命の人と結ばれたなら幸せ、本当にやりたいことを見つけたら幸せ、とかは天国に行けば幸せっていうのと似たようなものです
ファンタジーが現世か死後かぐらいの話です
「いつか、どこか」のお花畑物語です
「今、ここ」は完全無視しています
仏教にも理想の状態がありますが、全ての物語を捨てた状態なんです
あらゆる物語に囚われない、次の物語は無い正真正銘の“ゴール”です
そこを目指すべきです
世の中を観察すると、色々な物語があるんです
「結婚すれば幸せ」「お金があれば幸せ」「仲間がいるから幸せ」「老後は健康が幸せ」
その人が信じている物語のために行動しているんです
婚活や、休日にジャンクフードを食べる、資産運用をする、受験勉強をする...
昭和はみんなほぼ同じ物語、現代はみんな信じる物語が一緒では無くなってはきているっていう傾向はありますが、なにかしら物語はあるんです
「アイツが居なくなれば幸せ」っていう物語もありますよ
どの物語にも“理想的な状態”っていうのが定義されています
物語によってちょっ違いますがね
仏教で解脱というのは理想的な状態みたいなニュアンスだったんです
単語に抱く印象の問題ですが、恋愛が幸せと信じている人は恋愛=解脱(理想の状態)ですね
配当金暮らしのFIREも解脱ですね
様々な物語が理想状態を定義しても到達したらまた次の物語が欲しくなるんです
FIREしても退屈でなにかやる、恋愛しても次は結婚、次は子育て…そうやってずっと物語に囚われているというのは変わりません
世の中を観察して調べてみてください
世にある無数の物語にゴールはありません