Albert Schacht GmbH
20260503:テキスト修正
20260314:写真追加
20260308:テキスト修正、細かい修正
20260222:テキスト修正
20260104:テキスト内容大幅修正および改造
20221105:テキスト追加、比較用写真追加
20221104:テキスト修正、内容追加
20221007:テキスト修正、シリアル番号調査による内容調整
20220515:テキスト追加、一部情報誤り訂正
20220510:テキスト修正
20211226:テキスト修正、情報追加
20211205:テキスト追加
20211130:テキスト追加、cds追加
20210724:テキスト修正、追加
20210718:テキスト修正
20210710:テキスト修正、追加
*注*
書いてるうちにめちゃめちゃ内容が長くなってしまいました。
インデックスのような機能は有料化してないので使えません。
Ctrl+F
探したい内容があれば、ワードを検索した方がはやいと思います。
この記事は未完です。
2026年でコードエラーを修正しても治らない事がわかり、イラッと来て新しいページに書き直してます。
また、シリアルナンバー集めも途中です。
シリアルナンバー集めはいつになったら終わるのか?わかりません。
ワタクシが納得できた時、飽きた時、データベースを公開した時、異世界に行った後、更新は止まります。
理論上、あと500年は続くので、ドラえもんにバドンタッチするまで末永くお付き合いください。
コレクター癖について
コレクター癖みたいなものを持っています。
「癖」という言葉には病気のような響きがありますが、誰しも一つや二つは似た傾向を持っているものです。
なぜ「癖」が病気と結びつけられてきたのか、漢字の成り立ちや歴史に興味があります。
ここでの「癖」は、関心のない人から見ればやや熱中しすぎた趣味を指します。
奇異な目で見ないでほしい。
漢はコレクター傾向が強いと言われます。
人間のゲノムレベルでそうプログラムされてます。
多少の強弱は誤差範囲です。
シリーズものを全て集めたい、抜けがあると気になって仕方がないと感じるのはそれが原因です。
こうした感覚に共感できるなら、あなたも立派なコレクター癖の持ち主かもしれません。
解ったからと言っても、何もできることはありません。
でも、遺伝子レベルで我らはそう作られてます、逆らっても無駄なら順応しようじゃありませんか!
クラシックレンズの沼と条件設定
レンズが増える。
増え続ける。
気づけば増えてる。
この状態のことを通称「沼」と呼びます。
一度足を踏み入れると抜け出せない、もがけばもがくほど吸い込まれる、それが沼です。
買えば買うほど、仲間を呼ぶマドハンド的なやつらです。
財布の中身と質に対する基準にもよるが、ほとんどの場合は一次関数的な増え方が多い。
(ジャンクに手を出すと二次関数になるが、それは些細なことに過ぎません)
50本くらいになると保管場所も嫁の目も厳しくなってきたので、自分なりに条件を設けてみました:
焦点距離のみで10種類以内、後から10種類以上とわかった場合、応相談
レアなものは応相談
有名なものは応相談
応、相談
条件1.だけで、有名なレンズメーカーのほとんどが候補から外れます。
無名なメーカーはそれなりに存在するため、選定に大きな苦労はないでしょう。
2万円以内という条件は厳しいですが、財布の事情を考えるとこれが限界です。
10万円はとても出せません。
お布施をいただければ別ですが(常時受け付けています)。
画質が「そこそこ」の基準は製造年代との兼ね合いです。
画質とコストが両立してる製品がいいなら、現行の国産撒き餌レンズと呼ばれるものならどれを選んでも最高の画質と最高のコスパを体験させてくれます。
応相談ですので、心に負担はかけないで行きたいです。
長々と書きました、要は金がないけど満足感が得たい。
値段が安い割には安くみられたくない、それでいて使ってる際、ちょっとだけ注目を集めたい。うんちくを語りたい。
そうです、プライドだけが高く、弱いくせにめっちゃ吠えるかわいくない犬と思ってください!テヘッ⭐️
このプライドモンスターが見つけた裏条件、
■シルバーorゼブラ
■ドイツ製
■M42よりもアーム付きEXAKTA(エクサクタ)
パッと見、この内容ならCarl Zeiss Jenaも良かったんですが、お値段と種類で無理と思いました。
同じ東ドイツなら、他にもMeyer Görlitzもある、これもそこそこ歴史が長いから、種類が多いのでコンプは困難。
(PrimoplanやTrioplanの価格は一時期と比べると、だいぶ安くなったとは言え、それでも高いと思ってます)
あーでもない、こーでもない、外観から入って、ゼブラタイプが欲しいと色々みていたら、香港の中古ページDCfeverでゼブラタイプのA.Schacht3.5/135を入手しました。
前玉の裏側のコーティングは鱗が抜けたような状態でしたが、クラシックレンズの値段が高かった2014年12月1日、800HKD(≒11,000円当時レート)するけど買いました。
これがワタクシとA.Schachtの初めての出会い。
A.Schachtとは
A.Schachtは創設者の名前で社名です。
創設者の名前はAlbert Schacht(アルベルト・シャハト)です。
Albertを「A.」と略されるのは、レンズ銘板のスペース制約が理由だと考えられます。
「アルベルト」と「アルバート」のどちらが正しいのか調べてみました。
英語読み(アルバート)のドイツ人もいるようですが、一般的なドイツ語は「アルベルト」です。
よく発音の事で揉めるマウント名称のEXAKTAさん、ドイツ語の発音はエクサクタです。(濁音はありません)
英語の場合は(イ)エグザクタです。
ドイツのメーカーですので、基本はその国の発音に準じて記事にしてます。
⁼-*-*-⁼記事内容⁼-*-*-⁼
は、ワタクシが集めたシリアルナンバーを元に書いてます。
資料やネット記事を元に加筆してますが、シリアルナンバーで説明できる、それを基準にしてます。
調査資料によると、A.Schachtブランドで最終製品のシリアルは437112(露出計付きプリズムファインダー)です。
今後、生産本数の1%に相当するシリアルナンバーを集めた際、データを何等かな形で公開するかもしれません。
2026年3月段階で、約3,200本ほど見つけてます。
公開することがあるとすれば、4,200本を集めたあとになると思います。
長い時間をかけて集めてます。
公開するのがなんか勿体無い気がしてきました。
何がもったいないのかは自分でもよくわかりません。
もしかして知らない人から文句言われるのがヤダナ的なA.T.フィールドを張ってるかもしれません。
チキンです。
シリアルナンバーとは
一般的に、カメラやレンズは付加価値の高い製品です。
製品管理や識別のため、個体ごとに固有のナンバーを付けるのが一般的になっています。
カメラやレンズメーカーによってシリアルナンバーの管理方法は様々で、中にはシリアルナンバー以外、読み方は公開しない生産番号は別にあったりします。
身近な所なら、キヤノンはレンズについているシリアルとは別に、社内向けの製造番号がついてます。
今ではファンに解析されてある程度まで読み取れるようになってるようです。
カメラにシリアルナンバーを付ける習慣はいつ頃始まったのか?
古くからカメラにシリアルナンバーを導入したメーカーの中で、現在まで継続している企業として最も古いのはLeicaと言われています。
Leicaは1923年の創業初期から、カメラ本体にシリアルナンバーを付け始めました。
シリアルナンバーを付ける習慣はそれ以前からあ存在してます。
散発的に番号を振った例は確認されていますが、体系的かつ継続的に運用されたものはありませんでした。
例えば、
A機種0〜300
B機種0〜430
C機種0〜355
でも生産時期は重なってたり、管理番号がズレたりなどなど。
その点、Leicaは当初から機体番号を付与し、以後同じ体系を今日まで維持し続けています。
この厳格な管理の背景には、徹底した品質重視の姿勢があると考えて間違いないでしょう。
高品質な製品ほど、細部にまでこだわり抜く姿勢が表れている好例です。
(それの管理コストも安くないと思います)
同じ頃、Ihageeが開発したExaktaマウントカメラ(特にVP Exaktaなど)は、当初は大衆向け製品として位置づけられていました。
そのため、シリアルナンバーの管理は行われていませんでした。
第一次世界大戦後の復興期という時代背景を考えれば、細かな管理まで手が回らなかったと想像するに難しくありません。
生産が軌道に乗り、会社に余裕が出てきた1933年頃から、Ihageeはカメラにシリアルナンバーを付け始めました。
現在確認できる最古の例は、VP Exakta Model Aの#399,986です。
その後、1972年の倒産までに100万〜120万台が生産されたと推定されますが、シリアルナンバーは1,530,000台近くまで到達しています。
ただし、未使用のシリアルブロックが複数存在することが確認されているため、それらを除くと実際の生産台数は約100万台程度と見積もられています。
東欧製のカメラやレンズも含め、トイカメラを除けば基本的にシリアルナンバーが付いているものと思っていましたが、1970年代になると、管理コストすら削減せざるを得ない低価格製品も出てきました(それはまた別の話として)。
ワタクシがA.Schachtに興味を持ち始めた頃、レンズのシリアルナンバーから製造年を推定できるケースが多いと知り、手持ちのA.Schachtレンズについても調べてみました。
しかし、Carl Zeiss Jenaをはじめとする多くのメーカーでは詳細な資料が残っている一方、A.Schachtに関してはどのサイトを見ても中途半端な情報しかありません。
最終的にわかったのは、「A.Schachtは廃業時にシリアル関連の資料を残さなかった」ため、一次資料が存在しないということです。
ワタクシはドイツ在住ではなく、現地で詳しく話を聞ける立場でもないので、一度は諦めかけていました。
ところが、ふとした暇なときに「A.Schachtは1948年から1970年までのわずか22年の歴史しかない」と知りました。
零細企業で生産数もそれほど多くないなら、インターネットの力を借りて今からでも資料をまとめられるのではないか——そう考え始め、今に至っています。
「R」の由来
これはネット上でも議論されてきましたが、Peter Geisler(ピーターガイスラー博士)の著書によれば、「R」はRauteから来てます。
Raute、直訳するとダイヤ状になりますが、四辺形の意味でもあります。
(以下、推測)
当時のドイツでは、Carl Zeissも含めて、レンズにコーティングを施したものは「高級品」や「特別感」を与えるべく、赤いマークをつけてました。
Carl Zeiss:T*
ENNA:C
Meyer:V
Steinheil:D
Schneider:△
A.Schacht:♢
当初はアピールポイントとして、「コーティング処理を施しました」と赤い♢を使って表現していました。
なぜ♢なのか?という質問があったかどうかは定かではありませんが、もしかするとあったのかもしれません。
「ダイヤモンドのように輝くから?」とか、そういう連想を狙っていた可能性もあります。
あるいは、コーティングの硬さを強調したかったのかもしれません。
その後、銘板の♢をRに変更した理由は、おそらく「銘板のごく一部分だけ赤い文字にする場合、その部分のためだけに赤い塗料を用意しなければならない」からです。
一見簡単そうに見えますが、実はかなりの技術を要します。
具体的には、文字の部分に赤い塗料を流し込んだ後、余分な塗料を素早くきれいに拭き取る作業が必要です。
これを美しく仕上げるには、相当な熟練度が求められ、時間もかかります。
零細企業にとってそこはコストをかける理由は少なかった、と思います。
この♢について、妄想も含めて詳しくは後述します。
A.Schacht GmbH
A.Schachtは、ドイツ人、アルベルト・シャハト(1890年1月21日〜1984年8月24日、享寿94)が1948年にミュンヘンで創業した会社です。
略歴はあまり書かれていません。
個人的に調べた結果、計算上、アルベルトは23才くらいでCarl Zeiss Jenaに入社したと思われます。
1913年、JenaのCarl Zeissに入社してることは記録として残ってます。
彼はCarl Zeiss JenaでBetriebsleiterになったことは事実だが、一部の人がBetriebsleiterを「工場長」と過大解釈されておかしな人物像になってます。
現実的に見て「生産部門の一管理者(部署のチームリーダーなど)」と考えるべきでしょう。
以下の年齢は、生年を基準に計算してます。
それほど大きく外れていないと思います。
Carl Zeiss Jena(1913−1919)1913年23才/1919年29才
勤務地:イェーナ
技術系、設計者と記録されてますが、詳細は不明。1919年時点で既にBetriebsleiterの肩書で働いてます。
–第一次世界大戦(1914/7/28〜1918/11/11)真っ只中、動乱の時代です。
-1918年末、ドイツは敗戦。ベルサイユ条約調印1919/6/28
International Camera A.G.(1919〜1926)/1926年36才
勤務地:ドレスデン
Carl Zeissはカメラメーカー4社を買収統合し、そしてカメラメーカーとしてICAが作られました。
ICA=Internationale Camera Aktiengesellschaft(国際カメラ株式会社)
会社の事業再編が行われて、アルベルトは会社の都合でICAに転属。
その後カメラメーカーZeiss Ikonが設置されて、このICAは約7年で再編成を受けて、ICAはZeiss Ikonに吸収合併されました。
-第一次世界大戦後、賠償責任を負ったドイツは大不況に陥りました。
Zeiss Ikon(1926〜1939)1939年49才
勤務地:ドレスデン
Zeiss Ikonブランドはここから発足してます。
-1939年、ドイツが第二次世界大戦に突入
Steinheil(1939〜1946)/1946年?56才
勤務地:ミュンヘン
ドイツが第二次世界大戦に突入してる最中、軍備を増強するために光学製品の需要は増大。
Steinheilは経験豊富の人材が必要になり、アルベルトは声をかけられた。
テクニカルディレクターの肩書と高待遇が彼にとっても魅力的だったと想像するに難しくない。
*一部の記事ではHjalmar Schacht(経済大臣)との混同もあったようです。
移籍してきたアルベルトは技術部長として就任、ナチス政権下で軍事部門は拡張されて、Steinheilは軍需品メーカーとして転換されてます。
アルベルトも終戦まで技術部長として軍需用関連業務を従事したようです。
ドイツ帝国経済省とのつながりが問題視され、終戦後は社員としてSteinheilに復帰することは難しく、彼に残された道は自営業しかなかった。
-多くのSteinheil社員がナチスとのつながりを理由に、会社に復帰することを諦めてます。
-Steinheilからある程度の応援はあったのかは不明ですが、最初期はある程度助けてくれてると想像してます。
A.Schacht Münche
(1948〜1954)/1948年?58才**
所在:ミュンヘン
**1946年当時、ドイツの法定定年は男女とも65歳。
-2025年現在は67歳です😱
1946年時点でA.Schacht Optikの会社登録申請をしようとしたが、ドイツは敗戦後の混乱期で書類申請などが遅れているため、時間がかかった。
最初期はミュンヘンで小さな工場から始めており、手狭になったのでULM(ウルム)に移転***しました。
***1954年でULMに移転時の登録記録はある。
1952年ごろからULMへの移転準備を進めてたと思われます。
A.Schacht ULM
1954年、ミュンヘンからウルムに移転。
アルベルト、御年64。
(今の日本なら再雇用後、定年一年前!)
所在:ウルム
鏡胴を製造する企業「Constantin Rauch」はウルムにあるため、ウルムからミュンヘンに納品してもらうくらいなら、近くに引っ越したほうが効率は良い、そう考えたかもしれません。
このコンスタンチン・ラウヒはSteinheilに鏡胴などの部品を納品していた実績を持つ会社です。
工作機械の投資や生産効率化を武器にレンズへの販売路線も拡大しました。
1960年、アルベルトは会社をConstantin Rauch(コンスタンチン・ラウヒ)に譲渡しました。
アルベルト、70才。
–年齢的にも継続するのは厳しいと判断したかもしれません。
-同じ頃、日本のカメラメーカーは大量生産と高品質を武器に世界を相手に商売し始めてます。
-コンスタンチン・ラウヒはA.Schachtを購入し、生産効率*を底上げして日本のような大規模生産に転換できると考えていたようです。
*生産効率:A.Schachtは町工場よりも大きい程度の会社です。
レンズ研磨も自社で生産している高品質を売りにしてます。
手作業の生産工程が多く、月間生産数量は最盛期でも2,000本程度と思われます。
1970年Constantin Rauchはシャハトの生産効率向上を断念。光学部門はWill Wetzlar¹に売却しました。
¹Will Wetzlarは老舗の顕微鏡メーカー。その後の1988年Helmut Hund GmbHに買収、統合されました。
売られたレンズ生産設備はWillの工場所在地WetzlarとRunkelに移動されました。(ウェッツラとルンケルは約30kmしかはなれてません)
・下の表は1970年、Schachtの月間生産本数は1,000本と記入しましたが、根拠はなく、調整に使っただけ。
もしかすると1970年は全く生産してなかったかもしれません。
1948~1970、A.Schacht、22年の歴史はここで終わります。
A.Schachtレンズはどれほどの知名度を持ってたのか?
中堅クラスくらい。と言いたいところですが、当時のヨーロッパのレンズメーカーでも10位に入るかどうかが関の山です。
というのも、ドイツのカメラ雑誌で初めてA.Schachtが登場したのは1953年でした。
それ以前は記事にもされていないのを見ると、本格的に会社として運営し始めたのは1952年頃と思われます。
この時代は勿論インターネットがないので、知ってもらうためには雑誌に乗せることが唯一の方法です。
-*-*-*-*-生産数と生産年を予想-*-*-*-*-
▲ULMに移動したタイミングは銘板でわかってます。
▲1955年以後の生産数は単純計算で作りました
★生産数と生産年は、デタラメで作ってます。
例えば1966年で発売された(と言われる)4/200は、見つかった最も若いシリアルは355201。
仮に355001からスタートしたとして、上の表よりも二年も早い計算になる。
(逆を言えば、二年のズレが生じてますので、補正もできます)
いろんな記事で書かれてるのは、Travelon4/200は1966年から発売、仮にシリアルは355001とします。
しかし生産能力を2,000本で計算すると、2年後の1968年にしないと計算がありません。
この1966年問題を解決するため、1956年から月間生産数を2,400本まで上げなければ計算があいません。
もう一つの可能性として、シリアルを飛ばしたかもしれません。
大口受注を受けてシリアルまで振ったが、何らかの原因で結果的に生産しなかった。
そしてその後もそこの部分のシリアルを再利用しなかった。
これを何回か発生したので、累積で60,000ほどなくなってた。とか。
(妄想の上に妄想を重ねてますので、ワケがわからない)
でもある程度の目安にはできると勝手に思ってます。
生産数の謎について
ミュンヘン時代:
・ミュンヘン時代:月間生産本数は最大で1,400本と説明する資料は見かけますが、計算が合いません。
・1948年〜1954年の間、6年間、合計41,141本を生産されてます。
その間、ULM銘板も2,000本ほど含まれているため、1953年頃からULMで小ロット(100?〜200?)を生産してたかもしれません。
・1953年までAlbinar4.5/135からTravenar3.5/135に変わるタイミングはシリアルで判明してます。
・1948〜1950の間は本当に生産してなかったのか?不明です。
・ミュンヘンからウルムの切り替わるタイミングはシリアルで明確にわかってますが、引っ越しする前は作り溜めや間に合わなかったものもある可能性も考えられます。
資料がないので、銘板を基準に見ていくしかありません。
ウルム時代:
・仮に、月間1,400本程度生産できたとします。
最後のシリアルに数字合わせをするならば、1970年まで月間2,000本以上数字を回さないと計算が合いません。
・1970年までの16年間、平均1,800本程度、合計約350,000本生産したことになります。
・今まで見つけた製品のシリアルから逆算した結果、A.Schachtが製造したレンズの合計数は348,000本以上395,000本未満と思われます。
・交換式アイレベルプリズム(露出計付き)を約25,000個ほど生産してます。
露出計のシリアルから推測するに、生産は最後の2〜3年の間で行われた。
レンズと違って研磨作業がすくないため、果たして工数をどう振り分けたのか?
並行して一般用のレンズも生産してたと考えるべき?
多角化を図った動きだが、2年後の廃業を見ると厳しかったかもしれません。
◆集めたシリアルデータには数箇所、5,000本を超える空白地帯が存在します。
3,000本以上のデータを集めて来たのに、未だにその空白地帯を見つけることができない原因はなぜなのか?
例えば、プロジェクターレンズ、16mmカメラ向けレンズ部品、軍用スコープなど、製品寿命が来てもレンズを再利用される可能性の低い、まとまって生産されたりする理由もそれで説明付きます。
または、シリアルを振ったけどそこまで作らなかった。誤差を5~10%とすれば・・・
想像の域を超えません。
ワタクシが調べたA.Schachtのレンズ一覧表
すべてを網羅してない可能性はありますが、もしこの表にないものあれば、ぜひ教えて下さい。
***日本製、は全部抜いてます。名前だけを借りて発注してたのかは不明ですが、A.Schachtと無関係と思われます。
***Katagon、SUPER STELLAR、いずれもA.Schachtと無関係な製品かもしれません。調査中です。
***日本製
名称は色々ありますが、
TRAVENAR
Travenar
AUTO TRAVENAR
SUPER TRAVENAR
シリアル集めの中で、見つけたのはこの四種類。
製造元は外観から富岡光学(チノン)、コシナ、マミヤと思われます。
シリアルナンバーは三系統のように見えますが、生産時期が違うだけでもしかすると富岡光学とコシナだけかもしれません。
単焦点、2.8/28、2.8/35、1.7/50、2.8/135、3.5/200(全部で5種類)
ズーム、28-70、28-80、35-70、80-200(全部で4種類)
マウントはFD、PK、M42、EXAKTA
主にeBayで出品者はアメリカが多く、商社を噛ませて輸出製品のようです。
***Katagon、SUPER STELLAR(マクロ向け、プロジェクター向け)
Katagon:調べてわかった、A.Schachtと無関係。
メーカー:Optisches Werk Dr. Staeble & Co.
製品名:Staeble-Katagon 60mm f/4.5(Novoflex Balflex)
SUPER STELLAR:A.Schachtに発注するロットもあるが、そうではないもののほうが多い。
メーカー:Staeble-Werk(後にAgfaに買収)
プロジェクター向け2.8/85、2.5/100
A.Schachtにも少量ながら発注してたようです。
なぜベローズ(蛇腹)を使うのか?
1980年代まで、ベローズ(蛇腹)用レンズとしてそれなりの需要がありました。
マクロ撮影 = ベローズ + 専用レンズ。
当時はこれが一般常識でした。
今では珍しくもないマクロレンズですが、単体レンズで一般ユーザー向けに普及し始めたのは1970年代以後です。
1950年代まで、マクロ撮影は業務用セット(ベローズ+専用レンズ)が基本でした。
1955年ごろ、Kilfitt 2.8/40が初めて本格マクロレンズを発売。
1960年代になって色んなメーカーが一眼レフカメラ向けにマクロレンズを生産&普及し始めました。
しかし値段もさることながら、人の習慣と認識はそう簡単に変わるわけではない。
それにマクロ撮影は「固定+安定」が絶対条件。
業務用は手軽さよりも「それらしい格好」が好まれるらしい。
店では色んなマクロレンズが並ばれていました。
でもプロの方からすれば「オレ達、現場では!」と思われる習慣的にベローズ+レンズはその後もしばらく使われ続けていたようです。
また、中望遠100mmはヘリコイドは回転距離が長くて、登場は1975年まで待たなければならなかった。
マクロレンズの需要は今こそ花、昆虫、小動物など趣味によってますが、1970年代までは主に書物やテキストをマイクロフィルムに写すため、プロがビジネス用途として需要が高かった。
プロの仕事は、
・教育向けにスライド作成
・書物を高解像度で縮小撮影
・機械部品の説明資料、医療検体の記録
・発掘品の記録
今ではスマホとパワーポイントで誰でもできる事を、当時はプロの方が何人も頑張ってやっと一つの結果に辿り着く。
経験したこともないけど、調べて書いてでシミジミと時代を感じます。
以下はワタクシのコレクションです。
シリアル順にしてます。
個別記事ができ次第、リンクします。
A.Schacht Münche Albinar ♢ 1:4.5/135cm Nr.170072
ワタクシの推測が正しければ、この個体は最初期のものです。
お値段は約10,000円、もう少し安い個体もありましたが、シリアルナンバーが最初期のものと思われたので買いました。
Exakta
前玉部についている黒い短いフードのようなものは、フードアダプターです。
買ったときから付いてるので、おそらく当時のものと思われます。
アメリカにあったものを世界を旅してワタクシの手元に。
フィルター口径は40.5mm。
今ではほとんど見かけない口径ですが、当時のアメリカでもユーザーを困らせてたらしい、故にこのアダプターをつけてたと思われる。
構成は3群4枚、軽量で細く、F4.5は確かに暗めだけど、135mmの世界ではそれほど問題になることもないでしょう。
作りは重厚で安定生産を重きに置いてるのがよくわかります。
フロントにレンズセットが設置されて、後半の部分はフォーカス用の筒にすぎません。
当初はなるべく生産しやすく、不良が出てもクレームされにくい4.5/135を選んだのは強い戦略性があったと思います。
大西洋の向こうのアメリカに輸出するから、相当考えたんでしょうね。
画質云々は抜きに、コレクターズアイテムです。
それでもいうほど画質は悪くないが、コーティングが弱いのでフレアは出やすい。
A.Schacht Ulm 154864 R-Travenar 1:2.8/90
Exakta
♢(ダイヤ)からRに切り替わったまもなかった頃、つながりを持たせるために「R-」になってます。
2.8/90と銘板では書かれてますが、2.8/85の設計や金型をそのまま流用した疑惑をワタクシは持ってます。
A.Schachtのブランド力を高級志向に向けて高めるためか、2.8/85は3,000本程度を作って2.8/90に切り替わってます。
後期との違いは、絞りリングで判別できます。
構成は3群4枚、実は2.8/85とほとんど構成は変わりません。
証拠はないが、ALPAGON2.8/90と構造は同じと思ってます。
「♢」これはダイヤの形状です。
◇=菱形ではありません。
♢=ダイヤです
初期の赤色♢マークは時代的にダサいと思ったのか、赤色は面倒くさいと思ったのか、ダイヤ状=Raute=Rに変更しました。
元々赤い♢はレンズ名の前にあったので、その名残として「R-Travenar」になってます。
ドイツ人にはそれほど難しくない連想ゲームでも、英語ですら満足に使えない人間にとってRとダイヤを連想するのはほとんど不可能です。
おそらく当時から、このRについて質問は度々あったはず。
R-Travenarではわかりにくいので、少ししてからRの位置をレンズの最後尾に移動したと思われます。
A.Schacht Ulm 235025 Travegon 1:3.5/35 R
Exakta
初代シルバーフィニッシュよりも一回り大きくなった。
3.5/35のバリエーションは結構豊富。
細かい部分を入れるとバリエーションはかなり多い、バージョン違いは5種類か、それ以上存在します。
王道の35mmは生産数もそれなりに多く、結果的に色々な時代に合わせて外観も設計も変えていってます。
入手したのはゼブラタイプV1、最短撮影距離は0.5m。
最終版は構成を更に簡略化して、初代の0.7m ⇒ 0.5m ⇒ 0.3mに進化してます。
今の時代でF3.5は不人気です、あえて買う人はコレクターくらいでしょう。
なので探せば1万円以下でも入手可能。
ここまで来ると、レンズの外観はほとんど変わることなく、A.Schachtスタイルが確立できたと言って良いでしょう。
Exaktaマウントのシャッターボタンもここら辺か黒ボタンに変わってると思ってましたが、その後の3.5/135を見ると、旧式を使い続けてます。
もしかするとモデルによって変更時期が違うかもしれません。
A.Schacht Ulm 262093 Edixa-Travegar 1:3.5/100 R
Exakta
元は現像拡大や特殊用途のレンズをカメラにも使えるようにした逆移植。
Travegarはベローズなど、写真を拡大する際に使用するレンズのブランド名。
A.Schachtのラインナップに100mmがないので、そこでこの3.5/100を製品化に変装させたようです。
やや暗めでも、需要さえあれば供給は発生してます。
案外人気商品でそれなりに数も出荷してますので、苦労することなく入手できます。
3群3枚、シンプルな作りの割には画質は安定してます。
カメラ用に作られてますが、レンズは前群に集中しているため、首をクイッと軽く回せば簡単に外せます。
(アダプターさえあればそのままベローズにも使用でる)
A.Schacht Ulm 322221 Travenar 1:3.5/135 R
Exakta
一番最初に入手したお手頃中望遠、Travenar3.5/135。
A.Schacht史上で最も生産されたレンズでもあるため、お気に入りの個体を見つけるのに難しくないでしょう。
最初期から生産されているため、バージョンは豊富で時代によっても違いが出たり、この135mmだけを絞って集めるのも面白いかもしれません。
シルバー以後、ゼブラは知ってる限りV1が2種類、V2(2.8/50のような目視ゲージタイプ)、全部で4種類。
構成は4群4枚、全部同じ。
コーティング剥がれ、コーティング劣化、コーティングピンホールなどなど、レンズは無傷なのにコーティングの問題が多い。
A.Schacht全般に言えることでこのタイプだけではありません。
3.5/135は2.8/50なみに生産していますので、不良率に比例してジャンク品も多い。
A.Schacht Ulm 337425 S-Travelon 1:1.8/50 R
Exakta
ダブルガウス1.8/50。
画質もそれなりに良い。
(この時代にしては良いが、特筆するほど高画質でもない)
S-が付いているのはこの1.8/50と2.8/35、レンズが6枚あるので、6枚を意味するSechsのSなのか?
(因みに2.8/35は7枚でSieben)
通説ではF2を切るのでSpeedのSともいわれてます。
無関係でもないけど、ドイツ語のスピードはGeschwindigkeit=シュネリヒカイトですけど、明るいレンズのことをLichtstarkes Objektivと呼ぶそうですので、多分Speedのほうが解釈としては正しい。
構成は4群6枚、生産数はそこそこ、ヤフオクでもeBayでも手に入るでしょう。
美品なら二万円以上は覚悟したほうがいいかもしれません。
M42よりもEXAKTAの方がややお手頃。
A.Schacht Ulm 343975 Travenar 1:2.8/50 R
M42
当初は利便性の観点からM42を購入したが、結局財布との相談でそれ以後はほとんどすべてEXAKTAを揃えてしまって、これだけ仲間はずれになってしまいました。
大量生産されたテッサー構成の標準レンズ。
Edixaなどのカメラメーカーとセットで販売されるキットレンズで銘板バリエーションも多い。
レンズ群に対してボディが大きくて、重くガッチリとした感じを受けます。
外径を統一するための設計で理解はしますけど、反射防止のために作った部品を外すためには斜め角度のネジも外さなければなりません。
当時のネジは材質も柔らかくて焼入れもしてないので、無理に回すとハゲてしまいます。
分解する際は注意しながら作業してください。
構成は3群4枚。
バリエーションは知ってる限り5種類以上存在します。
テッサーだからというのもあるだろうが、全シリーズの中で開放から画質が安定するのでおすすめします。
お値段は美品でも一万円程度。
2.8/50は人気がないし、売れないので、検索してもヒットしない場合もありえます。
A.Schacht Ulm 352439 M-Travenar 1:2.8/50 R
Exakta
シリーズの中で唯一の1:1マクロレンズ。
レンズヘッドとダブルエクステンションチューブは分離できます。
チューブは他社のレンズをそのまま取り付けてマクロ撮影できるすぐれものです。
理論上、マウントが同じあればどこまで対応できます。
アメリカ輸出版は「Exakta Camera-Company-Bronxville-N.Y.」を経由してます。
チューブは非常に優れた構造で何でも取り付けることができるので、チューブ単体でも販売されれたようです。
しかしチューブはレンズ製品ではないためか、シリアルナンバーは付与されてません。
—もしかするとこのチューブもシリアルナンバーとしてカウントされてたかもしれません。
—不明です。
稀に「なんか形が違うA.Schacht 2.8/50 Makroを買ったけど、レンズ群はどこのメーカーなのか?」って質もを見かけます。
レンズヘッドの外観がゼブラではないものはISCO WESTARNER製です。
ご注意を。
2.8/50の構成は3群4枚、逆テッサ。
そこそこ作られてる割には結構いい値段します。
マクロレンズは値崩れしにくい製品です。
近年A.Schachtのお値段はジリジリ上がってきてますので、いい個体を見つけたときは早めに購入してください。
A.Schacht Ulm 356071 Tele-Travelon 1:4/200 R
写真
Exakta Real ⇒ M42
このタイプは1ロットだけ生産されました。
シリアルから計算すると、2,339本は必ずある。
前後のレンズシリアルと合わせると、約2,600本は存在するはず。
F4の望遠レンズは3.5/135と並ぶワゴンセールの常連です。
レアだけどレンズとしてはそれほど価値は認められていないので、安い値段で売られる場合が多い。
当時のA.Schachtは利便性を高めるため、4/200専用の2×コンバーターも売られてます。
専用光学の制約から、2×コンバーターはこのレンズじゃないと使えないはず。
また、M42レンズならM42コンバーター、ExaktaレンズならとExaktaコンバーターじゃないと当然ハマりません。
そもそも市場在庫が少ないし、流通数量も少ないのでレンズしかなかったり、コンバーターしかなかったり、セットで買わないと多分見つかっても送料で欲しくなくなります。
(極少数だがExakta Realマウントも存在してます。専用2xコンバーターはあるだろうか?見たことがない)
2xコンバーターはレンズと共にないとなんの役にも立たないので、400mmレンズを使う場面が少ない。
当時から買ったのはいいけど使われることなく放置された個体が多い、今となってはクモリやカビ被害に犯されてとても手が出ません。
稀にeBayで見かけますが、送料を入れると微妙に高いので結局売れない悲運のアクセサリー。
コンバーターも2,600個作られてる?可能性は否定しません、しかし需要が少ないのでもっと少ないかもしれません。
A.Schacht Ulm 359299 Travenar 1:2.8/90 R
L39
総じて言えることは、L39マウントユーザーは物持ちが良く、生産数の割に、現存する数はかなり多くて状態も良い。
構成は4群6枚、ゾナー。
このゼブラL39シリーズは三本(4.5/135を入れると4種類)しかありません。
値段も高い。
状態の良い個体なら6万円以上します。
フィルター径は3.5/35、2.8/90、3.5/135、いずれもライカと同様41mm。
フィルター購入時は注意してください。
また、キャップのない個体を購入する際、汎用キャップでは、39mmはゆるく、43mmは入れません。
ライカ系ってお金がかかる特殊仕様が多いので楽しみましょう。
A.Schacht Ulm 363870 Travenar 1:3.5/35 R
Exakta
最終形態3.5/35(わかりやすくするために終焉35と呼んでます)。
ヘリコイドと構成を変更したことで最短距離を大幅に短縮。
最短0.3mまで寄れるので使い勝手は格段に上がってます。
ー初期、0.7m
ーゼブラ期、0.5m
ー終焉35期、0.3m
新しい設計でこれまでのレンズよりも一回り小さい。
A.Schachtすべてのシリーズの中でも特にコンパクト。
終焉35の生産数は4,000~4,500と思われます。
旧型の3.5/35と差別化が難しく、本気で探さないと見分けることすら難しい。
eBayやヤフオクで見かけても、スペックが目を惹かないのにレア品です。
レアなのに値段は大したことがない不思議ちゃん。
そもそもこの3.5/35は開発コンセプトがコストダウンと軽量化です。
以前の3.5/35はレンズ枚数と内部部品が多くて無駄にコストが高かった。
それを簡略化と樹脂化することでコスト面を改善してます。
もともと3.5/35は暗めで2.8/35と価格も差別化する意図があったかもしれません。
しかし樹脂部品は材質は弱い、絞り羽と連動している部品は経年劣化して割れる個体が多数。
これが原因で絞り羽根が動かない個体が多くて、分解しても樹脂部品は接着剤で膠着してるし、取り外せず、直せない、デッドエンド。
ネットで3Dプリンターによる部品の再生を行った人がいるようです。
3D図までは見ましたが、完成したかどうかは不明。
台湾の修理屋さんはどうにかドーム状の樹脂部にを取り外して修理できたようですが・・・、外すだけで大変って言ってました。
皆さんの意見を総合すると、
- 樹脂部品は弱い、レバーが折れてる個体が多い、買うときは必ず確認!
- 絞りリングを持ってフォーカスするな
- マウントに装着する際も注意せよ!割れるぞ!
- フォーカスリング?あれは飾りです、エロい人にはわからんのです
マウントはM42/EXAKTA/EXAKTA REAL(多分ある)
暗めのF値で値段にも影響してしまうが、それにしてはやや高め、US$150~。
A.Schacht Ulm 367326 Travegon 1:3.5/35 R
L39
レンジファインダー用レンズ、35mmと90mmは高い。
こちらも5万円以上します。
状態が納得できた時点でゲットするしかありません。
高い原因は、そもそもL39マウントはライカユーザーも相手にてるからです。
あの世界の皆さんにとって10万円のレンズは安いと感じるので、躊躇せずに買っていきます。
強いて言えば、F3.5の35mmをミラーレス一眼でフォーカスする山がつまみにくい。
日中は問題がなくても、夕方は開放でも厳しいです。
構成は3群6枚。
このL39シリーズは三本いずれもヘリコイドガイドがなく、レンズ全群が回転するタイプです。
絞りを操作する際はフォーカスも微妙に動く。
L39マウントは市場在庫数には困りません。
丁寧に使うユーザーが多いのでレンズ状態も美品に出会えるチャンスが高い。
A.Schacht Ulm 391737 Travenar 1:3.5/135 R
L39
中望遠としては人気がそれほど高くないため、L39なのにExakta/M42と並ぶほど不人気。
L39なのに、ヤフオクで1万円前後で入手可能。
フルパッケージで化粧箱(筒)も欲しいならeBayを探せば結構あります。
値段はお手頃ですが、国際郵便は送料が高くなるけど選択肢は増えます。
L39マウントの135mmレンズ(純正Elmar/Hektorなど含め)はフィルター径が41mmです。
購入する際、フィルターが付属していない場合は自分で用意しましょう。
ヨドバシならあるはずですが、遠いならネットで買ったほうが安い場合もある。
光学構成は4群4枚で、レンズは前半(光学ユニット+ヘリコイド)と後半(マウントリング)の2つに分離できます。
この分離構造は、1950年代に登場したVisoflex(マクロ・長焦点撮影用のミラーボックス)に対応するための設計です。
後半のマウントリングを外して、前半部分をVisoflexに直接取り付けると、レンジファインダーカメラが一眼レフのようなTTLピント合わせシステムに様変わりします。
元々はマクロ撮影や長焦点レンズのピント精度向上を主目的としたパーツでしたが、途中から「これでレンジファインダーカメラを一眼レフに対抗できるのでは?」と淡い期待を持ってた時期があったかもしれません。
Visoflexが対応できるのは主に望遠系レンズ(135mm以上)に限られます。
90mm以下のレンズに無理やり調整筒を付けて使うのは実用的ではなく、操作性や汎用性で本格一眼レフに太刀打ちできませんでした。
結果、Visoflexシステムは1980年代初頭(Visoflex IIIが1984年頃終了)で生産を終えました。
その後、LeicaはLeicaflex/Rシリーズの本格一眼レフへ完全にシフトしていきました。
余談ですが、Leicaレンジファインダーカメラ向けレンズの中で、望遠レンズは200mmも発売されてます。
三種類あったが、いずれもVisoflexが前提の構造になってます。
(Visoflexがなければ無限遠はでません)
Telytシリーズ
200mm Telyt f/4.5
200mm Telyt f/4
280mm Telyt f/4.8(Leicaレンジファインダーに使える望遠ではこれが最長)
日本製はコムラ4.5/200も存在してるが、いずれもVisoflex経由が条件で使い勝手の問題であまり人気はないようです。
完全にマニア向け。
A.Schacht Ulm 392063 S-Travegon 1:2.8/35 R
Exakta
手に入れたA.Schachtは、2026年時点でこのシリアルが最も若い。
39万代はかなり後期ですので、生産年も1967年以後と思われます。
1.8/50と同様、時代に追いつくために新しい設計を採用された高級品。
構成は3群7枚
いずれの群も貼り合わせレンズを採用してます。
ロットによるものなのか、それとも単なる個体差なのかは不明ですが、バルサム切れする個体はちらほら見かけます。
1960年代中旬から生産されて、2026時点で50才を優に超えてます。
当時はカナダ原産のバルサムを一般的に使用されいるため、環境や経年劣化で剥がれやすいようです。
1965年以後は合成接着剤を使用するメーカーが増えたので、新しいレンズほどバルサム切れが起きにくくなる、と一般的に認識されてます。
なるべく後期の個体を買ったほうが無難。
急な温度変化は劣化を加速させますので、車内放置は厳禁です。
*-*-*-*1960年代、日系カメラメーカーが台頭*-*-*-*
ニコン、朝日、キヤノン、ミノルタ、小西六、低価格、量産体制、高品質の三拍子を武器に世界で大きくシェアを獲得してます。
それに対して、ドイツメーカーも頑張って対応はしていたが、A.Schachtの月間生産数は2,000本程度。
市場シェアを拡大するにも生産能力は極めて不足してます。
協力会社のコンスタンチン・ラウヒは投資するにも、日本メーカーの生産能力の前に心をへし折られてしまい、諦めたと思われます。
シリアル番号調査でわかったこと
A.Schachtレンズのシリアルを調べたなか、#17072より前のものは2025年12月31日時点で見つかりませんでした。
確認できた最も古いシリアルは#17072、Albinar4.5/135シルバータイプ。(日本にありました)
17072よりも前、#10000~17000はどこに/本当にあるのか?
シリアルを調査し始めて数年たちます、集めたシリアル数は全体の1%を満たしてません。
集めだして、2500を超えた当たりから頭打ち感がします。
目標の4300までは残り1000、なかなか進まない。
最初期の7000本以外にも大きなシリアルブロックを見つけて、崩せていないのは単に発見できなかったかもしれません。
それでも7000本は本当にあるのか?これは今後の発見に期待しますが、ない場合はないと証明ができない。
どうすればよいのか、実は検証ができないことに困惑してます。
計算上、7000本有り無しで、ミュンヘン時代の生産本数以下です。
ない、約41,141本
ある、約48,141本
因みに10,000よりも若いシリアルはすべてが試作ナンバー。
当初は量産シリアルに合わせて五桁—
0 1004 3.5/35
0 1058 4/90
量産番号が6桁になって試作ナンバーも6桁に変更してるようです。
001214 3.5/150(プロジェクター)
001576 2.8/50(DKL)
001797 2/35-55(ズーム!)
見つけた試作品は現時点で17本。
少数ながらも日本や中国にも流れてきているようですが、見つけたときはすでに誰かの手中に落ちてました。
なので、17000よりも前の製品は見つかってません。
現時点で、仮説として、A.Schacht最初の製品=Albinar 4.5/135です。
Albinar4.5/135以後はTravenar2.8/85、そしてTravenar3.5/135に続いてます。
また、Albinar銘板は最初期以後、二度と使用されれることはなかった。
最初期のAlbinar4.5/135は約5,500本ほど生産されてます。
アメリカ向け、輸出専用品(exclusively for export to the USA)として作られてたそうです。
この「最初期」ロットはすべて輸出されたのか?
eBayで多くのAlbinar4.5/135の発送元はドイツが多いのはなぜか?
もしかすると輸出用に作られてるが、100%輸出してなかった可能性も残ります。
このAlbinar4.5/135は特に安価で入手しやすいレンズとして知られています。
生産数はそれこまでないにも関わらず、スペック的に人気はないけど外観はシルバーで目立つ。
一度店に並ぶといつまでも売られない、でも目立つので記憶には残ります。
Albinarの由来
「Albinar」は最初の製品として自分の名前を取り入れたと言われてます。
社長Albertの愛称はAlbiなのか、この部分を商品名に入れたと思われます。
(Albert=アルベルトの愛称はAlb/Albiのようです)
思い入れの商品として、記念につけたと思われますが、残念ながらもこれについて裏付ける説明資料はありません。
(Peter Geislerの資料にもこの点については触れたが、やはり理由は解らなかったようです)
その後使われなくなった原因は、Albinoと言葉として近いから、ブランドとして認められなくなったそうです。
このまま保護されないブランドを使用するよりも新しいブランド(Trave)を立ち上げました。
新しいブランド名として、旅のお供に!と連想させるTravelをブランド名に変更してます。
Travelをブランド名に選定した理由は?
こちらも記録は残ってません。
ご存命の社員の話でも理由はわからなかった。
(1949年頃の事で参加すらしてないから)
噂レベルでは、当時の有名な登山家の名前を使ったとか。
しかしそれを裏付ける資料はなく、結局は推測の域を出ません。
1952年?以後、製品種類が徐々に増えて、Trave-シリーズが始まりました(シリアルNr.25000から)。主な製品は以下です:
- Travenar 2.8/85(Exakta/L39)
- Travenar 3.5/135(M42、Exakta)
- Travegon 4.5/135(M42、Exakta)
- Travenar 2.8/50(Leidolf)
- Travenar 4/90(Leidolf)
- Travenar 4/135(Leidolf)
当時から品質は一定の評価を受けており、ライカマウント(L39)やLeidolfへの供給も行われました。
初期の4.5/135は距離表示にcmを使用していましたが、AlbinarからTravenarへの移行時にmm表記に統一されました。
これは戦後標準化の一環と考えられます。
1954年の工場移転
1954年、工場をウルムに移転。
品質のことが気になったのか、移転前後はTravegon 4.5/135を継続して5,000本以上生産してます。
それと移転前後と思われる時期の製品は、MüncheとULM銘板が一部混ざってます。
34296~34850ULM:554本
40000~Wetzlar(Leidorf)
42003~ULM:40本(最大)
42043~Wetzlar(Leidorf)
44083~44543ULM:460(最大)
49778〜49953ULM:175
58234~ULM:以後60005以外はすべての銘板がULMに変更
ウルムは、1954年以前から生産していたと思われます。
A.Schachtの自社工場ではなく、ラウヒの工場で場所を借りてやってた可能性が高い。
そこで小ロット生産してたと思われます。
想像するに、1954年はULMで会社登記上の日付。
今の時代でも同じですが、いきなり移動して、すぐに生産再開できない。
理論的に考えて、1~2年(1952〜1953)前、慣らし運転や現地の技術者/作業者を育てるためと思われます。
生産地
- 「München」
- 「Ulm」
- 「Wetzlar」
A.Schacht製品は、ミュンヘンとウルムで生産されてました。
ウェッツラーはLeidorfカメラの生産地、カメラの顔とも言えるレンズにもWetzlarをつけてほしいと注文があったんじゃないかな?
なのでLeidorf向けはWetzlarで生産されたわけではない可能性が高い。
この生産地で困惑させられてるものは、
◆中判カメラ用?拡大用?と思われるTravenar4.5/85(4.5/135の流用品?)
極少数を生産したのか?
Nr.46108=4.5/85
Nr.59879=4.5/135
Nr.60005=4.5/85
Nr.60050=4.5/135
A.Schachtのレンズは富士フィルムデジタル中判カメラに使用できるそうです。
CMOSサイズは44*33は56*56よりも小さめに作られているため、ケラレも発生せず、使用可能だそうでが・・・
ケラれない?本当に?にわかに信じがたい。
持ってないのでなんとも言えません。
その理由もあってか、当時は極少数を中判カメラ向けに生産してたようです。
何本作られたのか?
見つけたものは少ないので、想像の域を超えませんが、10~400本くらいか?わかりません。
OEM疑惑?
◆Carl Zeiss JenaのOEM?
異常なC.Z.Jena銘板レンズを13本も発見しました。
関係ないと思いながらも、気になって仕方がないので、鋭意調査中。
<気になった点>
銘板にはA.Schachtの♢マークが付いている。
この時代のレンズメーカーでは、同じマークはシャハトが採用してます。
東ドイツのCarl Zeiss Jenaには1Qマークを使用してます。
Meyerは1Qのほか白△もあったりするが・・・。
C.Z.Jena ♢2/58は、最も若いシリアルは60801。
しかもシリアルは五桁。
東ドイツのCarl Zeiss Jenaは1950年代ですでに100万本以上生産されており、ここに来て6万台はBack to the Futureです!
しかし、
東ドイツのC.Z.JenaがなぜA.SchachtにOEMを?
西ドイツのCarl Zeissが頼んだ?
いやいや、Albertは確かにCarl Zeissとも人脈はあったんだろうが、しかしなぜ?
色々調べた結果、一次情報はないが、以下の「通説」が最有力のようです。
・西ドイツと東ドイツがCarl Zeissブランドで揉めてた時、東ドイツのCarl Zeissがアメリカ向けに輸出したい。
しかし生産時の製品はCarl Zeiss銘板が装備されていた。
応急処置としてアメリカ向け製品のみはC.Z. Jenaに取り替えた案が決まり、特注でC.Z.Jena銘板を作った。
特殊処置でCarl Zeiss Jenaではなく、輸出業者がやったことだから、銘板のフォントもシリアルナンバーも特殊仕様になっていた。
・輸出する製品は二種類、シリアルナンバーも3XXXXは2.8/50、6XXXXは2/58に振り分けた。
-C.Z. Jena Nr. 30936 Tessar 1:2.8 f-50mm ♢
-C.Z. Jena Nr. 31191 Tessar 1:2.8 f-50mm ♢
-C.Z.Jena Nr.60801 1:2 F-58mm ♢
-C.Z.Jena Nr.64397 1:2 F-58mm ♢
最初期に考え出された案はこの2種類、3XXXXと6XXXX。
–2.8/50、見つけたものは2本。
–2/58、見つけたものは11本。
・後に、銘板仕様を変更するため7XXXXも追加。
-C.Z.Jena 75362 Otar 1:2 f=58mm ♢
-C.Z.Jena 75467 Otar 1:2 f=58mm ♢
当然「Otar」が気になるだろうが、恐らくはBiotarの略。
7XXXXの理由は、想像レベルですが、途中から銘板にBiotarを入れたい!って誰かが言い出した。
(ブランドはまずくね?あ、そうだBiotarはダメだけど、Otarならよくね?的なノリかも)
銘板仕様を変えるため、6XXXXから差別化させるため、7XXXXを作り出した。
シリアルナンバーも6XXXXと被ってないのを見ると、この2/58は最大でも6,000本程度の市場在庫と思われます。
あまり見つからないのは、Carl Zeiss Biotar 2/58は珍しくない。
C.Z.Jenaやaus Jenaなど多彩の銘板で知られてるので、そこまでマニアではない限り手に入れても気にしない可能性が高い。
「珍しい個体を持ってる自覚がない」状態でしょう。
また、このC.Z.Jenaに付いている♢は、Car ZeissのTが使えない中で考え出されたコーティングマークです。
調べた13本の外観を見る限り、東ドイツのCarl Zeiss Jenaが1950年~1952年製品と良く似てます。
A.Schachtが最初期の製品、Albinarは1952年頃から生産し始めました。
まとまった受注として、Albinar 4.5/135銘板製品はすべてアメリカ向けに作られてます。
—A.Schacht Münche Albinar ♢ 1:4.5/13.5cm Nr.17072
状況証拠を見ていると、考えられる可能性は、
アメリカに輸出するAlbinarは、輸出業者から提案として、銘板のコーティング記号「赤色の♢でどうですか?」を勧められたかもしれません。
数多な文字や記号の中で、ここまでピンポイントに♢を使うのは、偶然の一致は否定しませんが、時間軸を入れると、何らかの会話で成立した可能性が高いと勝手に思いました。
もちろん、直接資料や証拠や証言はありません。
すべてネットで調べた情報と、後半は私の勝手な妄想にすぎません。
銘板文字符号
創業時(1948年)からすでにコーティング処理を施した可能性が非常に高いです。
当時はコーティング技術の黎明期で、各社が「コーティング済み」アピールするために何らかのマークをつけてます。
当初のA.Schachtは、「♢」をアピールポイントにしていたが、出荷先の要求なのか、赤や白、なかったりするなど形態は色々。
♢赤
この赤♢は基本形態で基本的にすべての製品についてます。
一部白♢も混ざるが、理由は不明。
・#77555、Leidolfカメラ向け3.5/35が最後。
・#82174-82536(おそらく#82000-82999)
現像用拡大レンズ3.5/50を1,000本?
♢白
Leidolf向け、ベローズなど拡大用のものも見られる。
・4/90と4/135は♢あり。
・3.5/35は♢なし。理由は不明
・中には少数のExaktaやM42レンズもなぜか白。関係性は不明。
(赤い塗料の在庫が切れた?)
Leidorf向け
Leidolfはカメラメーカーですが、レンズは設計のみで製造はA.Schachtに外注してます。
1950年代前期はENNAが供給し、1956年頃からA.Schachtも供給を開始したそうです。
発注元のLeidorfからすれば自社の名前だけに載せたかっただろう。
この時期のSchachtは知名度を高めたかった時期のようで、どうしてもレンズメーカーの意地を通そうとしてたようです。
どちらも折れなかったので、Leidorf専用レンズの銘板はやや窮屈。
1956年、ウルム移転後もLeidolfに供給を続け、多い時は続き番号で1,400本以上を注文してました。
(例:Nr.40110-41508の3.5/35、4/90が500本など)
Leidolf向けレンズは口部分が黒、鏡胴はクロームメッキで統一されてます。
焦点は3.5/35、4/90、4/135の三種類のみ。
2.8/50はなぜか作らなかった。
Leidolfで最も明るいレンズはENNA製、1.9/50です。
A.Schachtはマニア向け
一眼レフ用レンズとしては無名なブランドです。
数年前までは知らなかったし、2.8/50や3.5/135は1万円前後で取引されました。
近年はミラーレスが普及も相まって、マニアの間で「ベルテレが設計したレンズ」の情報がジワジワと広がってます。
外観がゼブラで派手に見えるので、値段もジワリジワリと上がってます。
中でもミュンヘン時代から生産しているシルバーフィニッシュ系は気軽に買えない値段になりました。
関係ないですけど、
Leidorfマウントアダプター:2026年1月時点で自作しかありません。
ALPA向け
- Travenar 3.5/35 のALPA Mount:約100本確認
- 外観は3.5/35のフィルター部を少しいじった程度。ExaktaとAlpaマウントはパッと見、ほとんど一緒
最初期はとりあえず既存製品をALPAカメラにも対応させた、お試し品?的なものかもしれません - ALPA向け3.5/35は約100本存在するはず
- Schacht ALPA-ALTERAR:生産本数は248本(確認)、それ以上あるかもしれない
- 続き番号で外観も銘板もALPA専用でALPAGONの名称まで与えられた
- Nr.272308 2.8/50 M-Travenar ALPA Mount:1本確認、おそらくは改造品。
ALPAマウント向けレンズは生産数が少ない。シャハト製はさらにレアです。
マニアの調査によると、スイスのALPAカメラは全部で40,000台くらい作られてます。
Schachtレンズの生産数はもう少しあってもいい気がします、何故少ないのかはわかりません。
よく、2.8/90は263本存在するとネットでは書かれてますが、いくら調べても一次資料は存在しなかった。
しかもなぜか日本の記事にしか存在しない263。これってどういうことでしょうか。
シリアルの前後は他のレンズの境目は見つけていないので、調査結果として248本は確認できた。
263と妙に近いのであながち間違ってるとも思えません。
ミノルタマウント
- Makro2.8/50に限ってミノルタマウントタイプが存在します
- ミノルタマウントは約200本
- 改造によるものか?その割には近いシリアルナンバーに分布してるので、販売ルートによる特注品かもしれません
- 1960年代、日系カメラが爆発的に売れてきたのでベローズもFDマウントを見かけるようになりました。その流れかもしれません。
レンズのコーティング不具合
A.Schachtに限った不良でもないが、コーティングの経年劣化はそこそこ多い。
特にどのタイプに限定してるわけではありません。
eBayでも特にやすい個体はコーティングがボロボロのものはよく見かけます。
注意してください。
ネットで購入する際は特に要注意。
バルサム切れ
国産でもちょくちょく見る不具合で普通の人では直せません。
貼り合わせレンズの接着剤が劣化して、小さい面積でも徐々に広がってしまうので、修理費用よりも買い直したほうがいいと言われてます。
特に張り合わせレンズを多少するS 1.8/50やS 2.8/35に見かけます。
問題のない個体を温暖差の激しい場所に持っていかないでください、老体に鞭打つとすぐに音を上げます。
治す方法はないわけではないが、レンズを分離、2つの面を研磨、コーティング、接着、周囲の反射防止塗料、素人で見てもこれだけの工程が必要です。
それなりの専門業者じゃないと対応できないと思います。
ブランドの行方
A.Schachtのブランドは現在Schneiderが所有しているとされています。
どこかで再開する可能性はあるのか?
2018年、KickstarterでA.Scahactのファンドを見かけました。(今でもリンクは存在します)
発案者のKatja LauterbachさんはMeyerでTrioplan再生計画を成功したので、本人は金脈を見つけたと判断したようです。
そこから数種類の旧ブランド銘を借りて同時に展開。
しかしドイツで生産するも、レンズメーカーはそこまで生産能力がないことを知りながらも無理に進めました。
もちろんうまくいくはずもなく、計画倒れになってしまった。
ユーザーとの約束したスケジュールに対応できず、結果として計画段階で終了。
A.Scahchtはそこまで有名なメーカーでもないし、このレンズも資金が集まらず中止になりました。
因みにこれが成功した場合、レンジファインダー向けA.Schachtの50mm穴を補完できたはず。
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出典、参考ページ
Peter Geisler著「Albert Schacht Photo-Objektive aus Ulm a.d.Donau」
♢2.8/50について
♢2/58について












