「当事者」と「当事他者」との「部分的つながり」を「パルタージュ」と捉えました。
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https://note.com/haveakiller/n/n357542dd2ef1
「部分的」につながるとは、「分かち合う」ことであり、哲学者ジャン=リュック・ナンシーが言うところの「パルタージュ(partage)」です。「パルタージュ」は、『声の分有』(1982)のキーワードとして登場し、「分割=共有」の意味で「分有」と訳されます。 「パルタージュ」の意味について、伊藤潤一郎さんの整理するところでは四つの意味があります。「分割」・「部分」・「共有」に加えて、「出立」の意味もあります。 “partage”は、「出発」を意味する“partir”と同様に、「分ける」を意味するラテン語のpartireを語源としており、「出立」の用法もあります。したがって、「当事者」
「当事者(party)」と「当事他者(partner)」との、つながりは「部分(part)的」です。それには消極的理由と積極的理由があります。 消極的な理由として、「部分的」とはまず「全体的」ではありません。「全体的つながり」とは、「当事者」の日常の手助けから資産管理まで何もかも、あるいは空間的にも時間的にも四六時中かかわっているような、つながり方です。 「全体的つながり」において、一つには「当事者」よりも「当事者に関わる人」の都合が優先されやすく、監視ひいては支配になりやすい。たとえば施設介護においては、空間のみならず時間も限られているため、外出のみならず過ごし方までも管理者