81年前の明日・1945年4月7日は、戦艦大和が沈没した日。
沖縄にいる米軍艦隊に向けて”水上特攻”の覚悟で出撃するも、鹿児島沖で米軍機の急襲を受け、奄美にも届かぬうちに大和含め6隻が沈み、4千人以上が死亡しました。
こちら『慟哭の海』は、生還した大和副長・能村次郎氏による手記。
(続く)→
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(続き)→ 当時すでに空母+艦載機による攻撃が主流で、大艦巨砲主義の大和は時代遅れとなり、燃料ばかり食うお荷物に。
そんな大和の“特攻”は海軍のメンツのために過ぎず、沖縄到達は不可能だと軍の上層部も著者も確信しながら、現実から目を背らし、死が美化され目的化していきます。
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本書には乗組員への賛美や追悼こそあれ、救えなかった沖縄の住民や友軍への言葉は一切ありません。
胸中に沖縄への想いは無く、あるのはただ自分達の”死に様”のみ。
大和の”届くはずのない特攻”は、沖縄を捨て石とする日本軍の意識の表れであり、死んだ4千の兵士もまた、見捨てられていたのです。