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#FreedomFlotilla #FreePalestina SOS
わたしのTwitter(X)、ガザ在住のフォロワーが増えてる……。
一人フォローバックしたら「娘の食事とおむつを買うために、少額ですが寄付していただけませんか?」とDMが来た。
寄付したいけど、どのくらいのお金が必要かわからないし、口座もわからない……。
作業時間2時間だったが、刺繍は未完……😅
いかがでしょう?
鳥になってますか?(笑)
同じ机で作業した女性2名は、時間内に、きれいな刺繍を完成させていた(写真とれば良かった💦)。
刺繍は未完だったが、糸は持ち帰って、裁縫の続きができる。
飾り用のミニフレームも持ち帰れたので、自宅で時間作って、続きをやります!
ワークショップの最後に、参加者全員で、刺繍を持って、写真を撮った。
北村さん主催のワークショップでは、必ず写真撮影を行っている。
理由は、「Sulafa」参加のガザの女性たちへ、写真を送るため。
ガザの女性たちは「日本の皆さんが、ガザを忘れていないことを嬉しく思う」と喜びの声を北村さんへ届けている。
世界から見放されているのではないか、と不安になることの多い、ガザの女性たちは、北村さんが行っている行われているワークショップが希望と感じているようだ。
ワークショップ、とても楽しかった。
裁縫は、時間を忘れ、われを忘れて、没頭できる。
ガザの女性たちは、イスラエルの容赦ない戦火と暴力の中、パレスチナの伝統工芸である、きらびやかな刺繍を作ることで、安らぎと連帯の時間を共有していたのか、と感慨深く思った。
現在進行形である、ガザジェノサイドを止めるためには、街頭に出てアクションを起こすことは、もちろん必要だ。
でも、それだけではなく、ガザの人々の文化を実体験することで、ガザの人々へ思いを寄せることも「反戦行動」の一つだと感じた。
貴重な体験を提供してくれた、パレスチナアマル代表の北村記世実さんに感謝したい。
最悪の戦争犯罪である、イスラエルによるガザジェノサイドを、世界市民の力で、絶対に止めたい。
最後に勝利するのは、平和の力だ。
パレスチナアマル代表北村さんのガザ報告の次は、第二部「パレスチナ刺繍ワークショップ」。
刺繍づくりを通じて、ガザと繋がろう、連帯しようという企画。
「Sulafa」に集う女性たちは、刺繍で生計を立てる真剣さがありつつも、井戸端会議をしながら楽しくやっていて、「刺繍をやると心が落ち着く」と話していたという。
今回は、糸を交差して布に刺して模様を作る「クロスステッチ」で、パレスチナ刺繍で使われている模様の一つ「鳥と木」を作った。
赤と緑の糸、ハサミ、針を用意して、Let's try!
わたしは早速、玉結びからつまづいた💦
同席の方に教えをいただいて、玉結びができた(久々の裁縫なので、やり方忘れていた)。
図の通り、布の目の数を数えながら、糸を交差して刺していく。
だんだん夢中になった。
しかし……、刺した目が多かったり、糸が交差になっていなかったり、といくつかミスが出た。
そして、ワークショップは終了時間を迎えた!
さて、植月のパレスチナ刺繍の出来は……?
#パレスチナアマル 代表の北村記世実さんのトークの概要と感想。
第一部のトークでは、北村さんのガザへ行くきっかけとなったこと、幾度のイスラエル侵攻によって、変わり果てたガザを見て感じたこと、パレスチナのデザイナーRozanさんとの出会い、そして国連機関のUNRWAによる、難民救済プロジェクトである「Sulafa」の話と展開。
北村さんが1999年に、NGO勤務の友人の誘いで初めて訪れた、当時のガザは、現在よりかなり平和だった。食料も豊富にあり、パーティーを開いて、人をもてなす余裕があった。
しかし、2000年のイスラエル・シャロン氏(当時まだ首相ではない)の挑発による「第二次インティファーダ」以降、ガザの様子が、戦火と瓦礫の街へと一変した。
戦火が沈静化したあとも、北村さんは幾度か訪問。
UNRWAによる難民救済プロジェクト「Sulafa」で行われている、パレスチナ難民(戦争で配偶者を亡くしたシングルマザーが多い)の生活自立のために行っているパレスチナ刺繍と出会い、パレスチナ刺繍の日本での販売権の交渉をUNRWAと行い、成功した。
日本とパレスチナとの起業交流のイベントで、パレスチナのデザイナーのRozanさんと出会った。
そして、昨年10月7日以降の #イスラエル によるガザ侵攻とジェノサイドが起こった。
Rozanさんは侵攻当時、チュニジアへ出張して無事だったが、Rozanさんの会社の社員何人かが犠牲になった。社員は難民キャンプで、戦火をくぐり抜けながら仕事をしているという。Rozanさんはエジプトに滞在し、パレスチナへ戻れていない。
「Sulafa」のパレスチナ刺繍を作る女性たちも、従事者300人のうち50人が安否不明とのこと。
女性たちは、戦火のさなかでも、刺繍づくりを続けているという。
ジェノサイドの恐怖と背中合わせの中、仕事や刺繍づくりをしているガザの人々のたくましさを感じながらも、上下水道が破壊され、不衛生な状況でガザの人々は、イスラエルから銃口を向けられながら生活している実態に、道理なき戦争に怒りを感じた。