1943年12月21日、沖縄の少年航空兵や開拓民らを乗せ、那覇から鹿児島に向け航海中の客船「湖南丸」と護衛艦「柏丸」が、米潜水艦の魚雷を受けて沈没。
乗客583名(諸説あり)中、生存者は5人の少年少女のみでした。
翌年8月の学童疎開船「対馬丸」の撃沈に比べ、あまり知られていない事件です。
(続く)→
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(続き)→ この事件を、児童文学絵本として描いたのが『湖南丸と沖縄の少年たち』。
前半は、湖南丸への乗船から魚雷被弾と沈没、一旦柏丸に救助されるも同艦も轟沈、重傷を負う…といった子ども達の体験、そして事件を口外せぬよう憲兵に脅迫・監視される恐怖や、子どもの安否を知らされない家族の焦燥も。
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後半は、生存者が戦後も内臓や脊髄の障害に苦しめられながら国の補償が無かった事、また彼らの働きで1980年代にようやく事件が公になり、慰霊祭を開催した逸話などが。
戦争とは子どもさえ容赦なく殺し、生き残った者の人生をも滅茶苦茶にする行為。
どんな大義名分を掲げても、それが真実です。