夜明けがちかい。まだ街灯がともる川べりの道を、桜蔵(さくら)はひとりで走っていた。暗がりに、湿り気をおびた木の香がただよう。芽吹きの季節は、幹や枝がたっぷりと水をたくわえている。走っている身のうちにも、うるおいが満ちてくるのが心地よかった。
川の流れは、小石を洗いつつかすかな音をたてている。一時は泥のような色をして、いくつもの澱みをかかえこんだ排水路だったが、コンクリートの護岸をとりのぞいた今は、濁りのない水が流れている。

#長野まゆみ