オタク的な界隈で何か醜悪な出来事があったり、それへの反応も含めて良くない風潮が表面化した時、批判が加熱して「これだからオタクは…」といった範囲広めな苦言を呈されて、オタクである人が悲しい気持ちになり、そうした批判を「オタク差別だ」といった言葉で表現することは、個人的に適切とは思わないが、まだ心情としては理解できる。 しかし「そのようなオタク差別は、外国人差別と何が違うのかわからない」という言い回しまで見かけると、さすがにこう声をかけたくなる。 何が違うのか本当にわからないのであれば、今ここで、よく考えるべきだよ、と。決定的に違うし、その違いはただのレトリックで片付けるには、あまりに重要なので。
年齢で括るのもアレだが、今たとえば40後半〜50台くらいの方は、若い頃「オタクである」という理由で周囲に煙たがられる風潮も強かっただろうし、「オタク差別」的な体感も身に刻まれてるのかと想像する。 しかしもはやオタクはマジョリティであり、なんなら帝国側であり、「オタクがみんなダメじゃない、一括りにしないで」というメッセージを表明する際も(そもそも今それを言うべきタイミングなのかも考えるべきだが)、できる限り「オタク差別」以外の言葉を選んだ方がいいし、「外国人差別とどう違うんだ」みたいな物言いは、率直に言って、絶対にやめた方がいい。あ、その違いがわからないくらい幼稚なんですね、と思われるだけだよ。
人は本質的に自由であり、アニメとか漫画とか、一般的に幼稚とされやすいジャンルのものでも、何歳になっても好きなだけ愛好する権利が誰にでもある(私も好きである)。ただし、そうしたものに(お菓子に含まれる砂糖のように)含まれる幼稚さについては、とことん自覚的であるべきで、幼稚なものの愛好者として、幼稚な振る舞いは断じて避けるべきである。 その避けるべき幼稚な振る舞いのひとつが、たとえば社会的な問題に公正さを求める人に対して小賢しい冷笑逆張りや混ぜっ返しを繰り返すような態度である。そうした傾向への批判を「オタク差別だ、外国人差別と何が違うのか」とか言ってくる人もいたが、全然違うだろとしか思えなかった。