1986年のドラフトで中日ドラゴンズに1位指名され、翌87年にプロ野球史上唯一の「初登板ノーヒットノーラン」を達成した近藤真市。選手、スタッフとして長く球団に携わり、星野仙一と落合博満を“二人のおやじ”と慕う近藤が口にした心残りとは。「守れなかった選手」への思い、コーチ時代に沈黙を貫いてきた真意を、当時の番記者に語った。(全5回の5回目/1回目から読む)※文中敬称略、旧登録名は「近藤真一」 ――星野仙一さんと落合博満さん。「おやじ」と慕っていますが、一般的には対照的な二人のような気もするのですが。 「似ていないですね」 ――近藤さんから見た二人の違いは。 「ミスしたら怒るけど、どんどん使うのが星野さん。殴られたりするのは見ていて嫌ですけど、必ずチャンスをくれます。落合さんは最初に選手を一通り使う。でも勝負事なんで、使えないと思ったら、もう……ってことです」 ――なぜ違う二人を尊敬するのでしょうか。 「僕の性格と野球観じゃないですか。僕の性格分かるでしょ。星野さんタイプだよね。勝負なのに、みんなヘラヘラしていると思っちゃうし、今は他球団の選手と仲いいでしょ。それでは厳しいところ投げられないし勝負にならない。野球観というのは落合さん。観察力と、選手をどう動かすか。これは見習うべきことですよね。だから僕は二人でした」 媚びることなく、派閥に入ることもなく、己が正しいと思う道を歩んできた。 落合からブルペンを任されて、衝突することはなかった。だが、2012年から高木守道が監督となった。「Join us ファンと共に」をチームスローガンに、ファン重視の野球へと大きく舵を切った。 負け試合で浅尾拓也を起用するという。投手を預かる立場として、彼らにはそれぞれ投げるポジションがある。近藤の目から見て、浅尾はこの試合展開で投げる投手ではない。 「こんなところで浅尾を投げさせられません。投げさせちゃ駄目です」 だが、高木からすれば、ファンが見たい浅尾を起用するのは自然な流れだった。 「俺が監督なんだ、俺が投げさせろと言ったら投げさせろ!」